【122兆円「過去最大」報道の裏側】名目GDP比では抑制的水準、それでも語られない理由

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「過去最大122兆円」が強調される2026年度予算

政府は2026年度当初予算案を閣議決定した。一般会計総額は約122兆3000億円で、2025年度当初予算の約115兆円を上回り、2年連続で過去最大となる。主要紙の見出しには「過去最大」「膨張」「借金依存」といった言葉が並び、テレビニュースでも「財政規模の拡大」が繰り返し強調された。

税収は約83兆7000億円と過去最高を見込む一方、歳出はそれを上回るペースで増え、新規国債発行額は約29兆6000億円に拡大する。社会保障関係費は約39兆1000億円、防衛力整備関連経費は約8兆8000億円、国債費は約31兆3000億円と、いずれも高水準だ。

これらの数字を並べれば、「日本の財政は危険水域にある」という印象を持つのは自然だろう。実際、日本の財政報道は長年にわたり、「予算規模の拡大=問題」「国債増発=将来世代へのツケ」という構図で語られてきた。

しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。
この予算は、本当に歴史的に見て「異常な規模」なのだろうか。

名目GDP比で見ると「過去30年で12番目」という視点

25日に開かれた経団連(日本経済団体連合会)の審議委員会で、片山さつき財務大臣は、こうした報道の前提に一石を投じた。予算の絶対額ばかりが注目されている点に触れ、「名目GDP比で見れば、今回の当初予算は過去30年間で12番目に低い水準にとどまる」と説明したという。

名目GDPとは、物価変動を含めた経済全体の規模を示す指標である。日本の名目GDPは、バブル崩壊後の長期停滞を経ながらも、全体としては拡大してきた。そのため、経済規模が小さかった時代の100兆円と、現在の100兆円とでは、意味合いが大きく異なる。

例えば、名目GDPが500兆円の時代に100兆円の予算を組めばGDP比は20%になるが、名目GDPが600兆円になれば同じ100兆円でも比率は約17%に下がる。つまり、金額が増えても、経済規模との相対関係では抑制的になることは十分にあり得る

片山財務相の指摘は、「122兆円」という数字自体を否定するものではない。むしろ、「評価の物差しを変えれば、全く違う景色が見える」という冷静な問題提起だ。過去30年を振り返れば、GDP比でより大きな財政支出が行われた年は少なくない。その中で今回の予算が中位に位置するのであれば、「過去最大」という言葉だけで危機を煽るのは単純化が過ぎる可能性がある。

それでも「GDP比」はなぜ報じられないのか

それではなぜ、この「名目GDP比」という視点は、主要メディアでほとんど共有されていないのか。

第一の理由は、分かりやすさである。「122兆円、過去最大」という表現は直感的で強い。一方、「名目GDP比で過去30年で12番目」と言われても、即座にイメージできる読者は多くない。前提説明や比較が必要になるため、見出しには向きにくい。

第二に、財政報道の固定化されたフレームがある。日本の財政報道は、「財政は常に厳しい」「拡張は危険」という前提で語られがちだ。この枠組みに合致する数字は強調され、合わない数字は後景に退く。GDP比の説明は、「思ったほど危機的ではない」という印象を与えかねず、既存の論調と噛み合わない。

第三に、情報源との関係性がある。政治・経済報道は記者クラブ取材に強く依存しており、財政分野では財務省幹部やOBの見解が報道の基調になりやすい。緊縮志向の説明は記事化されやすい一方、積極財政的な視点や別の指標は扱いが小さくなる傾向がある。

こうした要因が重なり、「金額ベースの過去最大」は大きく報じられ、「GDP比での位置づけ」はほとんど触れられないという構図が生まれている。

海外メディアとの違い――「比率」から始まる財政報道

海外主要メディアが各国の予算や財政を報じる際、最初に示すのは金額ではなく、GDP比や財政赤字比率であることが多い。

米国では連邦予算が毎年のように過去最大を更新しているが、「史上最大」という表現だけが独り歩きすることは少ない。政府支出や財政赤字をGDP比で示し、同時に景気刺激効果や産業投資の意味合いを論じる。赤字は問題とされつつも、「規模」だけで善悪を断じる報道は少ない。

EU諸国でも財政規律は重視されるが、報道には必ず文脈が付く。エネルギー危機、防衛費増強、社会保障の自動増といった要因が区別され、「なぜ増えたのか」「一時的か構造的か」が整理される。

これに対し、日本の報道は長年、「借金が多い」「いずれ破綻する」「これ以上の拡張は危険」という物語を繰り返してきた。名目GDPや金利環境が変化しても、語り口はほとんど変わらない。この固定化こそが、「名目GDP比では抑制的」という説明が受け入れられにくい背景にある。

問われているのは予算だけでなく「見る側の姿勢」

2026年度予算は、金額で見れば確かに過去最大だ。一方で、名目GDP比で見れば過去30年の中で中位に位置する。この二つは矛盾しない。物差しが違うだけである。

重要なのは、「どちらが正しいか」を決めつけることではない。なぜその物差しが選ばれ、なぜ別の物差しが使われないのかを考えることだ。

報道が単純化されるほど、受け手側のリテラシーが問われる。「過去最大」という言葉に立ち止まり、「それは何に対して最大なのか」「別の見方はないのか」と問い直す必要がある。

今回の予算を巡る議論は、日本の財政の行方だけでなく、日本の報道がどれだけ多角的な視点を提供できているのかを映し出している。
問われているのは、政府やメディアだけではない。
情報をどう受け取り、どう考えるかという、私たち自身の姿勢でもある。

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