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なぜ今「中国留学の闇」が世界の問題になっているのか
中国留学は長らく、語学教育の質の高さや学費の安さ、急成長する都市文化といった理由から、多くの若者にとって魅力的な選択肢として扱われてきた。日本人にとっても、北京語言大学や清華大学、復旦大学といった名門校は憧れの存在であり、アジア圏での国際キャリアを志す者にとって重要なステップであった。しかし2023年以降、欧州の学術界を中心に、中国留学に対する評価が急激に変わり始めている。
そのきっかけとなったのが、スウェーデンで暴露された 「忠誠誓約書」問題(Loyalty Pledge)」 である。中国政府系の奨学金を受けて海外へ留学する学生が、渡航前に中国共産党および国家に対する忠誠を誓い、さらに違反すれば 家族が制裁を受ける可能性 すら記されている実態が発覚したのである。この事実は、学術界において最も重要とされる価値――すなわち 学問の自由 と 思想・表現の自由 を根底から揺るがす問題として、欧米の大学や研究機関を強烈に震撼させた。
メディアの報道により、スウェーデンの大学は相次いで調査を実施し、その結果、名門校を含む複数の大学が 中国政府系奨学生の受け入れ停止 という厳しい判断に踏み切った。この動きは、単に中国人留学生の問題ではなく、学術空間に国家の政治的圧力が入り込む危険性を示す国際的アラームとして扱われている。さらに中国国内ではネット検閲や監視体制が強化され、留学生でさえも国家の“延長線上”として扱われる傾向が強まっていることにも注目が集まっている。
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スウェーデンで発覚した「忠誠誓約書」問題の核心とは
スウェーデンの大学が問題視したのは、中国政府系の奨学金機関、いわゆるCSC(China Scholarship Council)が留学生に対し、渡航前に強制的に署名させていた誓約書の存在である。当初は奨学金の一般的な条件書類だと考えられていたが、内容を精査した研究者らによって、そこに記されていた条項が極めて政治的であり、しかも留学生本人だけでなく 家族にまで負担が及ぶ“誓約” が含まれていたことが明らかになった。
誓約書の具体的な内容としては、中国政府および中国共産党に対する忠誠を求める文言が含まれ、海外に滞在している間も 国家の方針に反する活動をしてはならない とする趣旨が記されていた。ここには、政治活動への参加禁止や反政府的言動の禁止などが含まれ、それが留学先の大学における思想の自由を決定的に阻害する危険性をはらんでいた。
さらに問題の核心となったのが、違反した場合は家族に対して奨学金返還義務が発生する と明記されていた点である。奨学金とは本来、学生の学びを支援するための制度であり、家族に制裁を加える形で思想・行動を拘束するのは明らかに異常である。それは、留学制度を教育支援ではなく“統制の道具”として利用する構造を意味しており、欧州の学術界からは「家族を通じた思想統制」という強い批判が巻き起こった。
スウェーデンの大学は、これらの実態を知るにつれ、中国政府系奨学生が抱える心理的負荷、監視されている感覚、自由な発言ができない環境が、大学全体の学術的健全性を脅かすと判断した。事実、研究室内で中国の政治に触れる議論が避けられるようになったという証言もあり、留学生本人が自由に学ぶどころか、周囲の学生の自由まで阻害する“空気”が生まれていたというのである。
こうした状況が積み重なり、スウェーデンの複数の大学は受け入れ停止に踏み切った。これは単なる留学生の管理問題ではなく、学術機関の独立性と価値を守るための決断であった。
名門大学が受け入れ停止を決断した理由
学問の自由は、大学という空間が成立するための根本的な土台であり、政治的束縛から切り離された中立的で開放的な議論が保障されなければ、研究そのものが成り立たない。スウェーデンの大学が忠誠誓約書に強く反対したのは、その自由が外部から直接侵害される事態を見過ごすわけにはいかなかったからだ。
誓約書に署名した留学生は、常に“見えない監視”のもとに置かれる構造となっていた。政治的に敏感なテーマ、たとえば台湾問題、南シナ海問題、新疆ウイグル自治区の人権問題、香港における国家安全維持法などについて議論する場面では、留学生が発言をためらうケースが多く報告されている。それは留学生本人の自由の問題にとどまらず、周囲にいる学生や研究者までもが萎縮し、学内で触れるべきテーマが避けられるという悪循環を生み出した。
さらに技術流出の懸念も高まっていた。特にAI、量子技術、生物学、情報科学などの先端分野では、研究成果が軍事転用の可能性を持つことがあり、これらの分野で中国政府系奨学生が多数在籍していたことは、大学側にとって大きな安全保障リスクとなった。誓約書は、研究成果を帰国後に中国政府へ奉仕する義務があると読み取れる部分もあり、スウェーデンの大学はその危険性を無視できなかったのである。
このように、学問の自由と国家安全保障という2つの観点から、大学側は誓約書を重大なリスク要因として判断し、最終的に受け入れ停止という極めて重い措置に至った。これは単なる内政問題ではなく、学術界全体の価値と未来を守るための決断であった。
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家族が“人質”になる構造
忠誠誓約書で最も激しい批判を浴びた部分は、学生本人の違反行為によって 中国本土にいる家族が経済的制裁を受ける可能性が記されていた点 である。これは欧州の価値観から見れば完全に許容できない制度であり、国家が個人の思想や行動を縛るために家族を巻き込むという構造は、民主主義国家では一切認められない手法である。
欧州の人権団体は、この制度を「現代的な家族監視制度」と呼び、強く非難した。学生が留学中に自由に学ぶどころか、母国の意向に反する可能性のある授業内容や研究テーマを避けるようになり、研究室内での議論まで制限されるのは明らかであった。
また中国政府は、海外留学生を“国家の財産”と位置づけており、帰国後に国家の発展に貢献することを前提として奨学金を提供している。この体制は通常の奨学金制度とは根本的に異なり、むしろ国家によって完全に管理される人材育成プログラムの一環であると見るべきである。この背景を理解することで、誓約書に記された“家族への制裁”が、国家が個人を統制するための主要な仕組みの一つとして機能していることが見えてくる。
欧州の大学が最も恐れたのは、こうした圧力が学内の雰囲気を大きく変えてしまうことであった。実際、中国からの留学生自身が「家族に迷惑をかけられない」という恐怖心から、授業や研究において政治的に敏感な話題を避ける傾向が強まっていたという。この“沈黙”はやがて、研究室全体に広がり、学問そのものを萎縮させることにつながった。
スウェーデンの大学は何を恐れたのか
スウェーデンの大学が誓約書問題を知り、ただちに対策に動いた背景には、学術空間に静かに入り込む“沈黙の圧力”の存在があった。大学という場は本来、どの学生も自由に発言し、異なる価値観をぶつけ、研究成果を開かれた形で共有することが前提となる。しかし誓約書に拘束された学生は、政治的な話題や体制批判だけでなく、研究テーマそのものが「国家の利益に反する」と解釈され得るため、日常的に自己検閲を行うようになる。すると、同じ研究室の仲間や教授もその沈黙に合わせる形で話題を避け始め、やがて研究室全体の雰囲気が変質してしまう。
スウェーデンの研究者たちは、この“静かな圧迫”こそが学問を腐らせる最大要因だと危機感を募らせた。これは単に一人の学生が自由を失うという話ではなく、研究室全体の知的活力を奪う問題である。研究の世界では、疑問を投げかけること、データに対して不信を持つこと、既存の理論を批判することが日常の営みとして必要だ。もし一人でも“批判してはいけない領域”を抱えた学生がいると、研究者全体の議論の幅が狭まり、最終的には研究成果そのものが偏る恐れがある。
スウェーデンの大学は、こうした空気の変化が数年、あるいは十年単位で蓄積された場合、自国の学術界そのものが静かに弱体化するという最悪のシナリオを想像した。だからこそ彼らは、誓約書問題を単なる“他国の事情”として放置せず、自国の学問の基盤を守るために受け入れ制限という強硬な措置へ踏み切ったのである。
中国政府が“留学生の忠誠”を求める背景にある、より深い国家戦略
中国の誓約書問題は、単純に学生を管理したい、海外での反政府活動を抑制したいというレベルにとどまらない。もっと大きな背景として、中国政府が持つ戦略的思考が存在する。中国は長年「科学技術の強国化」を国家目標として掲げ、特にAI、量子、宇宙工学、バイオテクノロジーなどの分野で世界一を目指している。それらの分野の多くで欧米や日本が先行する中、中国が最も重視しているのは“知識と経験を持つ人材”であり、留学生こそがその供給源である。
留学生は、海外の最先端の研究環境を直接体験し、方法論、実験技術、研究倫理、国際的な学術ネットワークを肌で学ぶことができる。これは本来、純粋な学問の目的として尊重されるべきものだが、中国はその価値を国家戦略に取り込み、研究者が帰国後に国家発展に貢献することを明確に義務化している。誓約書は、この国家戦略の一部として機能している。
つまり誓約書とは、海外経験を積んだ人材を“国家の兵站”として組み込むための制度であり、学問の自由との衝突は必然とも言える。さらに重要なのは、これらの仕組みが学生の自由意思に基づくものでなく、家族への圧力を通して“強制力”として働く構造をもっていることだ。これこそが国際社会が問題視している核心部分であり、単なる文化差異では片付けられない理由となっている。
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研究者コミュニティの不安
スウェーデンの学術界が最も恐れたのは、誓約書問題が明るみに出たことで、専門分野全体が“中国寄り”であると外部から誤解されることだった。国際的な研究コミュニティでは、透明性が信用の根幹を支える。資金の出どころ、研究目的、共同研究者の背景など、細部に至るまで明らかでなければならない。ひとつの不透明な要素が混ざるだけで、研究そのものの信頼性が疑われ、参加する研究者全員に影響が及ぶ。
誓約書を抱えた学生が研究に携わるというだけで、その研究室の論文が国際学会で疑問視される可能性がある。もし技術的に重要な研究を行っていた場合、論文の採択や共同研究の参加が制限される恐れも生まれる。つまり誓約書は、学生個人だけでなく研究室全体をリスクに晒す“連帯責任型の問題”を生むのだ。
スウェーデンの研究者たちは、誓約書問題はすでに学術の次元を越え、「研究者としての信用」という極めて重要な価値に直接影響する問題であると判断した。これが大学側が迅速に行動した理由のひとつでもある。
日本が同じ問題を抱えた場合、何が起きるのか
日本は欧州以上に外国人留学生を受け入れており、特に理工系分野で中国からの留学生の割合は非常に高い。これは国際化や研究活性化の点で大きなメリットを持つ一方で、誓約書のような問題が存在する可能性を考えると、欧州以上に深刻な事態になり得る。
日本の研究室はオープンで、教授と学生が雑談を交えながら議論する文化が根付いている。教授が学生のバックグラウンドを細かく把握しない場合も多く、奨学金の条件まで確認する習慣はほとんどない。そのため、もし誓約書に署名した学生が研究室に存在しても、教授や日本人学生がそれに気づかないまま共同研究を続けることになる。
さらに日本は産学連携が盛んで、大学の研究成果が企業に直結するケースも多い。もし誓約書を抱える学生が企業と関わる研究に参加していた場合、企業側の技術が海外に流出するリスクが生まれるだけでなく、企業側が“安全保障上のリスクを理解していなかった”と社会から批判される可能性もある。
つまり日本が誓約書問題を放置した場合、
大学だけではなく企業側にも深刻な影響が及ぶ。
これは欧州よりも日本が危険な立場にある理由のひとつだ。
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今後、日本が避けられない議題
誓約書問題は日本でも必ず議論される。スウェーデンのケースが国際的な先例となり、中国の奨学金制度に対する透明性要求は世界的に強まる。日本がこの流れに乗り遅れた場合、国際学会で日本の研究室が信頼を失うリスクすらある。
今後求められるのは以下の2点だ。
透明性の確保
奨学金の条件、誓約内容、研究目的の提示を義務化し、大学側が学生の背景を把握できる体制を作る。
学問の自由を守る制度作り
留学生がどの国から来たとしても、学問の自由が侵害されない環境を整えなければならない。それは特定国を排除するという意味ではなく、自由に学問を行える環境を国として保証するということだ。
こうした議論を避け続ければ、日本は“安全保障の盲点”として国際社会から扱われる可能性すらある。誓約書問題は、大学の問題ではなく、日本全体の国際的立場に関わる。
まとめ
スウェーデンで明らかになった「忠誠誓約書」問題は、中国の留学生制度が単なる教育支援ではなく、国家戦略として設計されている現実 を示した。誓約書によって学生の行動が制約され、さらに家族に経済的な責任が課される構造は、学問の自由を根底から揺るがす重大な問題である。
欧州の大学が受け入れ停止を決めたのは、自由な研究環境を守るためであり、中国政府による統制が学術機関に直接影響を及ぼす危険性が顕在化したからだ。研究内容の偏り、技術流出、キャンパス内の萎縮など、長期的リスクは無視できない。
日本でも同様のリスクは十分に存在する。多くの大学に CSC(中国国家留学基金委員会)奨学生がいるにもかかわらず、誓約書の透明性や安全保障の議論が遅れているからだ。国際協力を維持しながらも、研究の独立性と学生の自由を守るための制度整備が急務と言える。

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