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英誌エコノミストが報じた“異例の映像流出”とは何か
英誌エコノミストは、1989年の中国・天安門事件に関連して、極めて異例な事実を報じました。それは、中国人民解放軍の元軍長・徐勤先(じょ・きんせん)氏が受けた軍事裁判の映像がインターネット上に流出した可能性が浮上したという内容です。
中国における軍事裁判は、国家機密に準じる扱いを受け、通常は厳重に秘匿されます。特に天安門事件のように、現在も中国国内で強い検閲対象となっているテーマに関連する法廷記録が外部に出ることは極めてまれです。そうした中で、6時間を超える審理映像が存在し、さらにそれが公開されたという報道は、国際社会に大きな衝撃を与えました。
徐勤先氏とは何者だったのか
命令に逆らい「人民に銃を向けなかった軍司令官」
徐勤先氏は、1989年5月に発生した北京の大規模民主化運動の際、中国人民解放軍・第38集団軍の軍長という要職にありました。当時、中国政府は学生や市民による大規模な抗議運動に対し戒厳令を発令し、軍を動員して鎮圧を命じていました。
徐氏は、部隊を率いて北京へ進軍し、武力をもって運動を封じ込めるよう命令を受けました。しかし彼はこの命令を拒否し、
「人民に武器を向けることはできない」
という趣旨の意思を示したと伝えられています。
これは命令厳守を原則とする軍組織において極めて異例の行動でした。結果として、徐氏は即座に軍長の職を解任され、事実上の失脚状態に追い込まれました。
非公開の軍事裁判と「6時間以上の映像記録」
その後、徐勤先氏は秘密裏に軍事裁判にかけられました。この裁判は1990年3月に実施されたとされており、一般公開されることは一切なく、公式記録もほとんど表に出ていませんでした。
今回流出したとされる映像は、その非公開裁判の模様を記録したもので、合計6時間以上に及ぶ長時間の映像だと伝えられています。
中国軍の軍事裁判は、国家統治と軍の統制に直結する機密事項とされており、内部映像が外部に出ることは想定されていません。そのため、今回の流出報道が事実であれば、中国の情報統制体制の根幹に関わる重大な事態とも言えるでしょう。
映像が伝える「葛藤」と「倫理」
「歴史の罪人にはなりたくなかった」という証言
映像内に登場する徐勤先氏とみられる人物は、自らの判断について詳細に語っていたとされています。彼は当時の北京の状況について、
「善人と悪人、兵士と民間人が入り交じっていた」
と述べ、誰が敵で誰が守るべき対象なのか、極めて曖昧な状態であったことを強調しています。
さらに彼は、鎮圧命令自体に対して強い疑念を抱いていたことを明かし、
「歴史の罪人になることを望まなかった」
という強い言葉を残していたと報告されています。
これは単なる軍人の反抗ではなく、国家命令と人道的良心との間で苦しんだ一人の指揮官の深い葛藤を物語っているといえます。
映像流出の背景
呉仁華氏の存在と「内部闘争とは無関係」という主張
今回の映像は、当時の民主化運動に実際に参加し、天安門事件を間近で目撃した研究者・呉仁華(ご・じんか)氏を通じてインターネット上に公開されたとされています。
呉氏は現在、海外に亡命した立場から政治研究を行っており、X(旧ツイッター)上で、
・映像の入手経路は明かさない
・共産党内部や軍内部の権力闘争とは無関係である
と明言しています。
この発言は、今回の流出が単なる政治的リークではなく、「歴史の記録」として世に出したものであることを強調する意図があると見られています。
徐勤先氏の死去と「語られなかった歴史」
徐勤先氏は、2021年1月に死去しています。生前、彼が公の場で詳細な証言を行う機会はほぼなく、その判断や内面については長年にわたり謎に包まれてきました。
今回の映像流出は、そうした「語られなかった歴史」に光を当てる極めて貴重な資料となる可能性があります。中国国内では現在も天安門事件に関する言及は厳しく制限されており、学校教育やメディアでもほとんど触れられていません。
中国の軍と政治
「国家」と「人民」の間で揺れた良心
この事件が注目される最大の理由は、単なる過去の事件ではなく、現代の中国政治に直結する「軍のあり方」の問題を浮き彫りにしている点にあります。
軍人は国家に忠誠を誓う存在である一方、最終的に守るべき対象は「人民」であるという理念も掲げています。徐勤先氏の行動は、この二つの理念が正面から衝突した象徴的な出来事とも言えるでしょう。
今回の映像流出は、命令に従わなかった一人の軍人の選択が、30年以上の時を経て世界中で再び問われていることを意味しています。
まとめ:歴史の封印が解かれる可能性まとめ
徐勤先氏の軍事裁判映像の流出は、中国現代史における“封印された記録”の一端が明らかになったことを意味します。それは単なる過去の暴露ではなく、「権力とは何か」「命令とは何か」「良心とは何か」という、普遍的な問いを私たちに投げかけています。
今後、この映像の真偽や背景についてさらなる検証が進むことで、中国と国際社会の関係、そして情報統制のあり方にも新たな議論が生まれる可能性があります。

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