5月25日、日本の都市鉄道事業者が初めて、イギリスの都市交通運営の中枢に加わるという静かな転換が起きた。東京メトロが同国の交通事業者ゴーアヘッド(Go-Ahead Group)、住友商事とともに設立した会社「GTSレールオペレーションズ」が、ロンドン中心部を貫く地下鉄エリザベス線の運営を開始したのだ。
エリザベス線の運営と東京メトロの役割
利用者から見れば、車両の外観やスタッフの制服などが変わったわけではなく、駅での表示にも特段の変化はない。だが背後では、運行を担う責任の所在が変わり、そこに東京メトロが参画したわけだ。今回の転換劇は「見た目」ではわかりづらいが、「ロンドンに東京メトロ流の運営が持ち込まれる」といった報道もあるが、実際はどうなるのか。転換の背景とともに追ってみたい。
運行事業への参入例はわずか
東京メトロの参画は、日本の都市鉄道事業者が現地の運行コンソーシアムの中で責任を共有するという新しい動きである。しかし、まったくの「初」ではない。日本の鉄道事業者が海外の都市鉄道運営に本格的に関与した事例としては、JR西日本が2015年に参画したブラジル・リオデジャネイロの都市近郊鉄道「SuperVia」が先駆的な例といえる。
日本の鉄道「海外展開」の歴史
日本企業が海外にて鉄道事業に関わった歴史を改めて追ってみると、そのほとんどは建設・技術供与を手がけた例である。鉄道事業者が運営コンソーシアムに入る例は、前述のSuperViaやWMT、今回の東京メトロなどわずかだ。日本の鉄道が長らくインフラ・車両・運行のすべてを一体で抱える「垂直統合型」であったことが、欧州などで一般的な、インフラと運行が分離された「上下分離方式」での運行事業参入への適応を難しくする要因となってきたといえる。
MTRコーポレーションの役割と実績
これまで同線の運行を担っていたのは、香港のMTRコーポレーション(MTRC、香港鉄路)だった。同社は地元香港の地下鉄や、以前は九廣鉄道(KCR)と呼ばれていた近郊鉄道線を運営するほか、中国本土とつながる高速鉄道の香港側オペレーターでもある。MTRCはロンドン・オーバーグラウンドの運行にも参画し、安定性のある都市鉄道へと改善することに大きく貢献した。
東京メトロの運行管理力への期待
イギリス人の間では日本の鉄道の正確性は有名で、東京メトロの参画により「地下鉄や郊外電車がきちんと動くようになれば」という期待の声をあちこちで聞く。MTRCがロンドンの鉄道運営で定時性の高さなど高いオペレーションの力を示したことを考えると、同様に東京メトロの優れた運行管理力が発揮されることを期待したい。
イギリス鉄道の再国営化の動き
5月25日は、外からは見えにくいが、イギリスの鉄道における“構造の転換”が確かに起きた日だった。イギリス政府が鉄道の「再国営化」を目指している中、サウス・ウェスタン鉄道(SWR)の民間運行契約が終了し、国が直接監督する運営体制に移行した。これにより、全国の鉄道は「グレート・ブリティッシュ・レールウェイ(GBR)」として一元管理されることになる。
結論
今回の東京メトロの参画は、日本の鉄道事業者が海外の運行体制にどのように関わっていけるかを模索する重要な一歩である。今後、イギリスの鉄道がどのような変化のうねりを迎えるのか、次の「鉄道の時代」を読み解く鍵となるかもしれない。

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