「本当は値上げの時期だと、個人的には思う。」
2025年6月、NHK経営委員会の古賀信行委員長が決算発表後の取材でこう発言したことが、大きな波紋を呼びました。もちろん同委員長は「現在の社会情勢では安易に値上げとは言えない」とも話しており、値上げが決定したわけではありません。しかし、物価高に苦しむ国民にとって「値上げ」という言葉は非常に敏感なテーマです。SNSでは「まずは自分たちの経営を見直すべきだ」「公共放送なら国民感情を理解してほしい」「赤字だから値上げという考え方は民間企業では通用しない」といった厳しい意見が相次ぎました。
一方で、NHKの経営状況を見ると、単純に「値上げするな」とだけ言える状況でもありません。2025年度決算では3年連続の赤字を計上し、最大の収入源である受信料収入は7年連続で減少しました。テレビ離れが進み、若年層を中心にテレビを所有しない世帯も増えています。さらに動画配信サービスやSNSの普及によって、情報の受け取り方そのものが変化しました。受信料制度が作られた時代と現在では、社会環境が大きく異なります。
しかし、だからといって値上げをすれば問題が解決するわけではありません。役員報酬への批判、過去の不祥事、スクランブル化を求める世論など、NHKが抱える課題は数多く存在しています。今回の騒動は、単なる値上げ議論ではなく、「公共放送とは何か」「受信料制度はこのままで良いのか」を改めて考えるきっかけになったと言えるでしょう。
目次
赤字決算の数字だけでは見えないNHKの現状
NHKが発表した2025年度決算によると、事業収支差金は318億円の赤字となりました。これで3年連続の赤字決算です。「318億円」という数字だけを見ると、経営が危機的状況に陥っているようにも感じます。しかし、決算を詳しく見ると、そこまで単純な話ではありません。
まず、赤字額は前年度より約130億円縮小しています。事業支出を削減したことに加え、事業収入全体は6130億円となり、6年ぶりに増収となりました。つまり、経営努力そのものは行われており、急速に悪化しているわけではありません。
一方で、最大の問題は受信料収入です。受信料収入は5851億円となり、前年より約50億円減少しました。これで7年連続の減少です。テレビ離れによる契約件数の減少が大きな要因とされており、今後もこの流れが続けば、経営への影響はさらに大きくなる可能性があります。
現在は積立金を取り崩すことで赤字を補っていますが、この方法には限界があります。積立金は無限ではありません。数年後も同じ状況が続けば、受信料制度の見直しやさらなるコスト削減が避けられなくなるでしょう。
「まず経営改革ではないか」という国民の声
古賀委員長の発言に対し、多くの人が反発した背景には、日本全体を覆う物価高があります。食料品や日用品、電気代、ガス代など、生活に欠かせないものの価格が次々と上昇し、家計への負担は増え続けています。そのような状況で「値上げ」という言葉が出れば、厳しい反応が返ってくるのはある意味当然だったと言えるでしょう。
SNSでは「赤字ならまず固定費を見直すべき」「役員報酬は適正なのか」「職員数は本当に現在の規模が必要なのか」といった意見が目立ちました。民間企業であれば、赤字が続けば事業の整理や組織の再編、人件費の見直しなどを進めるケースも少なくありません。そのため、「値上げより先にやるべきことがある」という考え方が広がっています。
もちろん、NHKは一般企業とは異なり、公共放送として全国にニュースや災害情報、教育番組などを届ける役割を担っています。そのため単純に利益だけを追求する組織ではありません。しかし、公共放送だからこそ、受信料を負担する国民に対して経営の透明性や説明責任が求められることも事実です。
高額な役員報酬はなぜ毎回議論になるのか
受信料制度が話題になるたびに、必ずと言っていいほど取り上げられるのが役員報酬です。NHK会長の年間報酬は3000万円を超える水準にあり、理事や監査委員など幹部職員にも高額な報酬が支払われています。
もちろん、数千人規模の職員を抱え、全国ネットワークを運営する巨大組織のトップである以上、高い責任が伴います。そのため一定の報酬水準は必要でしょう。しかし、受信料によって運営される組織である以上、「赤字でも高額報酬が維持されている」という印象を持たれやすいことも事実です。
過去にも受信料制度が議論されるたび、「まず役員報酬を見直すべきではないか」「一般企業なら経営陣が責任を示す場面ではないか」という声は繰り返し上がってきました。金額だけで評価することは適切ではありませんが、国民の理解を得るためには、報酬体系についても丁寧な説明が求められるでしょう。過去に繰り返された不祥事が信頼低下につながった
NHKが受信料制度について理解を得ることが難しくなっている背景には、長年にわたって繰り返されてきた不祥事もあります。もちろん、約1万人規模の組織である以上、すべての職員が問題を起こさないとは言い切れません。しかし、公共放送という特殊な立場だからこそ、一つひとつの不祥事が大きく報道され、受信料制度そのものへの不信感へとつながってきました。
代表的なのが2004年に発覚した番組制作費の着服問題です。この問題では複数の職員による不正経理や制作費の私的流用が明らかとなり、国民の信頼は大きく揺らぎました。当時は受信料の支払いを拒否する世帯が急増し、受信料制度そのものが大きな危機を迎えたとも言われています。
その後も、職員による横領、情報の不適切な管理、タクシーチケットの私的利用、飲酒による不祥事、インサイダー取引が疑われるような事案、ハラスメント問題など、さまざまな問題が報じられてきました。近年も職員による不祥事がゼロになったわけではなく、ニュースになるたびに「受信料で運営される組織として本当に適切なのか」という声が上がります。
もちろん、多くの職員は真面目に業務へ取り組んでいます。しかし公共放送は民間企業以上に高い倫理観と透明性が求められます。一部職員の問題であっても、「NHK全体への信頼」が損なわれてしまうのが現実です。今回の値上げ議論でも、「まず信頼回復が先ではないか」という意見が多く見られた背景には、こうした過去の積み重ねがあります。
SNSでは「値上げより改革を」という声が圧倒的だった
古賀委員長の発言後、X(旧Twitter)やYahoo!ニュースのコメント欄には数多くの意見が投稿されました。その中で最も多かったのは、「値上げではなく改革を求める声」です。
「まずは組織をスリム化するべき」「役員報酬を見直してから値上げを議論してほしい」「赤字なら民間企業と同じように経営改革を進めるべき」「見てもいない放送局に料金を払う制度そのものが時代遅れではないか」といったコメントには、多くの共感が集まりました。
一方で、「災害報道や教育番組は必要だからNHK自体はなくしてはいけない」「地方局のネットワークは民放だけでは維持できない」「公共放送として一定の役割は認める」という意見も少なくありませんでした。つまり、SNS上では「NHKが不要」という極端な意見だけではなく、「存在は必要だが制度は見直すべき」という現実的な意見が多かったことも特徴です。
現在ではNetflixやYouTube、Amazon Prime Videoなど、見たいサービスだけに料金を支払うことが当たり前になっています。そのため、「視聴しない人にも受信料を求める制度」に違和感を覚える人が増えているのも無理はありません。
スクランブル化は本当に実現できないのか
こうした議論の中で必ず話題になるのが「スクランブル化」です。スクランブル化とは、受信料を支払った契約者だけがNHKを視聴できる仕組みであり、有料放送や動画配信サービスでは一般的な方式です。
賛成派は「見たい人だけが契約すれば公平」「視聴者が減るなら、それはサービスが選ばれていないということ」「契約者の満足度を高める努力につながる」と主張しています。
しかしNHKは一貫して導入に否定的です。その理由は災害報道にあります。日本は世界有数の災害大国であり、大地震や津波、豪雨災害、火山噴火など、命に関わる情報を全国へ一斉に伝える必要があります。スクランブル化を導入すると、契約していない人が重要な情報を受け取れない可能性があり、公共放送としての使命を果たせなくなるという考え方です。
この点については賛否が分かれています。ニュースだけは無料で放送し、それ以外の番組を有料化するという案や、災害時だけスクランブルを解除するという案も以前から議論されています。しかし、技術面や制度面の課題も多く、現時点で導入される可能性は高くありません。
NHKが本当に向き合うべき課題とは
今回の値上げ発言は、受信料を上げるかどうかだけの問題ではありません。本質的な課題は、「テレビ中心だった時代に作られた制度を、インターネット時代にどう適応させるか」という点にあります。
若い世代ほどテレビを所有しない割合は増えています。ニュースはスマートフォンで確認し、ドラマや映画は配信サービスで視聴する時代です。この流れが今後も続けば、受信契約数はさらに減少する可能性があります。
その中で必要なのは、単なる値上げではなく、国民が納得できる改革ではないでしょうか。経営の効率化、組織のスリム化、デジタル時代に対応したサービスの充実、不祥事を防ぐガバナンスの強化、そして受信料制度の透明性を高めることが、これまで以上に重要になります。
公共放送は災害報道や教育、地方の情報発信など、民間放送だけでは担い切れない役割を果たしてきました。その価値を維持するためにも、「公共放送だから理解してほしい」という姿勢ではなく、「公共放送だからこそ信頼される組織であり続ける」という姿勢が求められる時代になっています。
まとめ
古賀信行委員長の「本当は値上げの時期」という発言は、受信料制度を巡る議論を改めて活発化させました。しかし、多くの国民が問題視しているのは、値上げそのものではありません。3年連続の赤字や受信料収入の減少という現実を受け止めつつも、「その前にやるべき改革があるのではないか」という疑問を抱いている人が多いのです。
役員報酬への視線、過去の不祥事による信頼低下、スクランブル化を求める世論、テレビ離れによる契約数の減少など、NHKを取り巻く課題は一つではありません。だからこそ、短期的な値上げ議論ではなく、公共放送の在り方そのものを見直す時期に来ているのかもしれません。
今後、NHKが国民から理解と支持を得るためには、経営改革や透明性の向上を着実に進め、「受信料を支払う価値がある」と多くの人が感じられる組織へ変わっていけるかどうかが、大きな鍵となるでしょう。

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