2026年1月20日、ベッセント米財務長官は、日本国債の売りが進む中、片山さつき財務相と協議したことを明らかにした。彼は、日本国債の下落が米国債市場にも波及しているとの見方を示した。
ベッセント氏は、世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)に出席中、FOXニュースとのインタビューで「私は日本の経済担当カウンターパートと連絡を取っている。日本側から市場を落ち着かせる発言が出てくることを確信している」と述べた(21日付ブルームバーグ)。
この日の10年国債の利回りは2.350%に上昇し、1999年2月以来の高水準となった。1999年2月には、国債市場で「運用部ショック」と呼ばれる急落が発生した背景があった。
1999年の国債急落の背景
1998年7月に成立した小渕恵三政権は、経済刺激策を次々に打ち出し、大量の国債を発行した。特に、同年11月16日に発表された20兆円規模の緊急経済対策では、12兆円を超える国債が必要とされた。これにより、国債への信頼性が揺らぎ、格付け会社ムーディーズは日本国債の格付けをAaaからAa1に引き下げた。
国債の増発と格下げにより、債券市場の参加者は国債への信頼性に懸念を抱き始めた。1998年11月20日付の日経新聞には、大蔵省が新規発行する国債の引き受け比率を大幅に低下させる方針を示す記事が掲載され、これが市場に不安をもたらした。
金融当局の反応とその後の影響
1999年2月3日のダボス会議では、米国のルービン財務長官が円高と日本の長期金利上昇に懸念を示し、金融緩和の必要性を訴えた。これを受けて、日本の金融当局はゼロ金利政策を導入し、国債管理政策を見直すこととなった。
ベッセント財務長官の懸念は、1999年当時のルービン財務長官の懸念と重なり、デジャブ感を覚えるものであった。日本の長期金利の上昇は、日米金利差の縮小をもたらし、米国債への投資減少の懸念を引き起こす可能性があるため、今後の動向に注目が集まる。

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